<朝もやかかったサラエボの図>
さて市内をうろっと歩いてバスターミナルまで行き、モンテネグロへのバスチケットを探しました。当初は「とりあえず首都」と思っていたのですが、首都の名前が思い出せません。
カウンターで「モンテネグロの首都」というと「ない」とのことで、「どこでもいいからモンテネグロの大きい街」と言ったらファ~ファ~と何か言われ、OKOKといったら「Herceg Novi」と書かれていました。読み方さえ分からないですが、首都でないことだけはたしか。実際のところどこですかそれは。
その後中心部にむかって再び歩いている途中、疲れたのでふらっとカフェに入りました。コーヒーを注文して席を探してうろうろしていると、
「疲れてるね」
と英語で話しかけられました。
「うん、疲れてる」
「はは~(笑) ちょうど俺も疲れてるところだよ。すわりなよ」
彼はセルビア人でした。今はNY在住で、ちょっとした帰省&旅行中とのこと。彼はいかにもニューヨーカーらしく、夫婦でスシにはまっているとのことで、スシとニギリの違いについて教えてあげました。
彼 「ちょっとまって、バスと銀行について誰かに聞かないといけないから・・・(隣の席の地元女性2人組に話しかける)・・・おまたせ、分かった」
私 「ちなみにセルビア語とここの言葉って同じなんでしょ。アクセントで分かったりはするの?」
彼 「微妙なアクセントの違いはあるから、2~3言会話すると分かるよ」
私が気になったのはその先―セルビア人である(ことが分かる)ために敵対的な感情を向けられたりすることはあるのか、といった事でしたが、彼のカジュアルな声のかけ方だけ見ると、とてもそういうわだかまりがあるようには思えません。彼は戦中は恐らく私と同じく子供~思春期といったところだと思われましたが、世代にもよるのでしょうか。気になりましたが、ちょっと話題がセンシティブすぎて聞けませんでした。
その後彼と意気投合し、旧市街で夕食も一緒にしました。
彼 「サラエボの後の予定は?」
私 「多分モンテネグロ?(チケットみせる)」
彼 「あー結構大きな街だよ。ヘルツェグ・ノヴィだね (←ようやく読み方が判明)。そのあとは?」
私 「決めてない」
彼 「君は本当に何も決めずに旅行しているなー (←その通り)。なんで?」
私 「いや・・・タイムラインとかに縛られたくないのだ (キメ顔)(実際は面倒なだけ)」
彼 「それはちょっと分かるよ。ところで良かったらうちの実家の街に来ないか?ベオグラードから1時間位のXXX(聞き取れず)というところなんだけど。12月5日まではいるから。ベオグラードはマジで最高だよ」
私 「へ~。それはいいかもね~」
その後彼と意気投合し、旧市街で夕食も一緒にしました。
彼 「サラエボの後の予定は?」
私 「多分モンテネグロ?(チケットみせる)」
彼 「あー結構大きな街だよ。ヘルツェグ・ノヴィだね (←ようやく読み方が判明)。そのあとは?」
私 「決めてない」
彼 「君は本当に何も決めずに旅行しているなー (←その通り)。なんで?」
私 「いや・・・タイムラインとかに縛られたくないのだ (キメ顔)(実際は面倒なだけ)」
彼 「それはちょっと分かるよ。ところで良かったらうちの実家の街に来ないか?ベオグラードから1時間位のXXX(聞き取れず)というところなんだけど。12月5日まではいるから。ベオグラードはマジで最高だよ」
私 「へ~。それはいいかもね~」
<旧市街>
その後、夜行バスでベオグラードに向かう彼と分かれ、旧市街を散策しました。水タバコ屋だのなんだのといった中東の香りのする店が多数ならんでいました。
宿は同じところに連泊しました。予算オーバーだから他にうつるというと、あっさりまけてくれました。他に客がいなかったのとオフシーズンのため正直そうなると踏んで話したのですが。
夜はヒーターをつけてもなお寒く、90年代の半ばに、この街で多くの人々が電気もガスも水道さえも使えない壊滅的な状況で2度も冬を越したことが信じられない程。
気力が持ち直してきたので、フランツ・フェルディナンド(この街で殺されたプリンスではなく、イギリスのバンドの方)を聞いて寝ました。彼らはサラエボと一切関係なく、これから女の子を口説きにいくぜ!と歌っていました。
つづく。
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