サラエボの感想。
2時過ぎに到着。
バスターミナルの周りはザグレブとかなり様相が異なり、なんというかどんよりしていました。物乞いもウロウロしています。
外務省の治安情報上では「十分注意」なのでそこまで危険ではないですが、結構、他の方のブログを見ていると街のど真ん中で白昼堂々暴行・強盗にあったりとかいう記述がみられるのである程度「安全マージン」をしっかりとった方がよさそうです。
バス停の横に鉄道駅があり、そこの旅行代理店件ツーリストインフォらしきものをのぞくと、早くも店じまい中。が、中の兄ちゃん(とおじさんの中間)と目があって、中に入れてくれました。
「ホステルを探してるんですけど。なるべく安いやつ」
「パンフレットが3つあるよ。あと、うちもホステルやってるんだ。ドミトリーは改装中でやってなくて、シングルが20ユーロ」
「他のは?」
「両方とも15ユーロだね」
「地図とかあります?」
「2つあるんだけど、サラエボはまだちゃんと観光業が整備できてないからね・・・こっちの地図は通りが半分しかのってない。うん、こっちの方がいいかな。ホステルはこことこことここね」
「歩いたらどの位かかります?」
「10分くらい。全部旧市街の周りにあるよ。もしうちのホステルくるなら車で乗せていってあげられるよ。」
「(人良さそうだし自分ところをごり押ししないから好感持てる) うーん。じゃそうします」
なお、地図はないとかなりマズイです。グーグルマップを見ると分かるのですが、サラエボはグーグルマップで何も表示されません。どこの山村かと。
とりあえず宿で落ち着いて、一休みしたら日没。安全に気を配りつつ、旧市街を散策しました。旧市街はかなりトルコっぽい雰囲気で、行く途中コーランも聞こえてきました。ちなみにホステルのご家庭もちょっと覗いたところ明らかにムスリムでした。おそらくボシュニャク人なんでしょう。
宿にキッチンがついていたので、その日はパスタを自炊してすませました。
翌日はサラエボ市内をうろうろ。
この文章だと伝わる気がしませんが(伝える気もあまりない)、私にとって、サラエボはかなり衝撃的というか、強烈な街でした。シリアを初めて訪れた時に感じた時以来の。
まあ、この日のサラエボは濃霧に覆われていて独特の雰囲気があったのと、前日Youtubeでサラエボ包囲に関するドキュメンタリーを見たり、ボスニアの内戦について調べたりしていたのとで多分、変に(過剰に)気持ちが入り込んでいたのかもしれません。
サラエボは完全に小高い丘に囲まれた街で、セルビア軍が容易に包囲できたのも納得できます。濃霧と、丘に囲まれた圧迫感で、少し気が滅入りました。
チトー通り、かつては「スナイパーストリート」と呼ばれた通りには「サラエボのバラ」がありました。砲弾跡を赤い樹脂で塗った「サラエボのバラ」はかなり数が減っているようです。が、砲弾の跡というのは独特で、赤い樹脂がなくても(あるいは剥がれてしまっていても)すぐにそれと分かります。
鉄道駅からまっすぐ南に下ったところ、川沿いのエリアにかつて使われた戦車が展示してあり、ここにも「サラエボのバラ」を見ることができました。
街を歩いていると、とにかく銃で壁が穴だらけになった建物が目につきます。戦後20年弱でここまで復興したと見るべきか、未だ退廃の中にあると見るかは人それぞれでしょう。
出発前、ギリシャ人の友達が、バルカンにいけばそこら中で“Decadence”を見ることができるよ、と言っていました。実際来てみて何となくそのニュアンスが感覚的に分かるような気がします。
少なくとも断言できるのは、この"Decadence"も含めて、この街はとても美しいです。
プレビューを押したら消えてしまったので、投稿がだぶってしまったら申し訳ありません。
返信削除はじめまして。「サラエボのバラ」を検索して、ここにたどり着きました。蔵前仁一と申します。私も昨年旧ユーゴを旅しまして、サラエボで「サラエボのバラ」を探しましたが、残念ながら見ることはできませんでした。今、このときの旅行記を執筆中です。突然のお願いで大変恐縮ですなのが、よろしければ写真をご提供いただけませんでしょうか。
私のメールアドレスは、kuramae◆ryokojin.co.jp です。◆の部分を@に換えて、メールをいただければ大変ありがたいです。突然で大変申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします。