今回は電車で、15:15発、10時過ぎ着、20ユーロ程。長距離列車はあまり揺れないのでこうしてPCをいじったり本を読んだりできるのでいいです(私はバスで本を読むと気持ちが悪くなる)。バックパッカーも電車派とバス派に分かれますが(あと「チャリダー」と呼ばれる自転車派もある)、私は電車派です。
沢木耕太郎の「深夜特急」に出てきた引用句で、「老いて旅するは賢明ではない」という言葉があります。たしか。
その心は、旅は基本的に困難である。老いもまた困難である。二つ同時に別の困難に相対するのはオススメできない、ということ。
今回、無計画旅行を決行してみてつくづく思うのは、こういうバックパッカー旅行をするのは、恐らく留学を終えるまでにあと1回か2回して、それで最後になるだろうな、ということ。若いころは、無計画さで生じるロスも、ドミトリーの相部屋の中で気を遣いあう事で消耗する気力も、全て体力でカバーできます。
でもその体力にガタがきているというか、どんなに運動したり筋トレしたりしても20代前半までのピークを越えることはできないような気がするのです。方向性が変わってきていて、向上より維持に主眼が移るというか。
同時に、結構、あちこち行ったという一定の満足感を得つつもあります。
大学時代にもう少しいっとけばよかったとは思うものの、東南アジアを3週間、ゼミの研修旅行で中東をひと月+北アフリカを2週間、トルコ1週間、西欧3週間、今回東欧を2週間と旅行して、全部合算すると4週間位。細かいのも含めると多分半年を超えるでしょう。で、後は死ぬまでにちょこちょこともう少しお金をかける普通の旅行をして、全部合計して1年くらいになればいいかなと。
で、最後死ぬ間際に「合計1年以上分、旅行した」と思えば、多分その点についてはそんなに後悔しない気がします。自分的には。
ザグレブ初日、ホステルに変なアルゼンチン人のおっさんが泊まってました。英語は「完全に」話せず、でも全く構わずに誰かれ構わずスペイン語で話しかける。日中はランニングと短パンで過ごし、なぜかウィンストン・チャーチルの伝記を読んでいる(アルゼンチン人ってフォークランド紛争以来イギリス嫌いが多いんじゃないのか?)。夜は人が寝ているにも関わらずスマートフォンのスピーカー爆音でヘヴィ・ロックを流しながら部屋に入ってきてうるさいし。でも、なんとなく人は良さそう。
彼はきっとじじいになってもバックパックのきままな一人旅が似合うんだろうな、とか思いました。
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